金閣寺、龍安寺、仁和寺。世界遺産をめぐる散歩路。
金閣寺、龍安寺、仁和寺。世界遺産をめぐる散歩路。

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等持院とうじいん

室町幕府の有力者であった足利尊氏が1341年に創建した禅寺。名物のユニークな達磨図は禅宗の開祖である達磨大師を描いたもので、天龍寺の元管長で等持院の住職でもあった関牧翁(せき・ぼくおう)の作。池を回遊できる庭園は高僧にして天才造園師と謳われた夢窓国師の作といわれています。寺院内から対岸の茶室を眺めてほっこりするのもおすすめ。

詳細情報

名称等持院(とうじいん)
住所京都市北区等持院北町63
電話番号075-461-5786
拝観時間9:00~17:00
拝観日無休 12月30日~1月3日は15:00迄
拝観料大人500円 大学生500円 高校生500円  小・中学生300円
アクセス京福電車等持院駅下車 徒歩約10分
駐車場マイクロバス: 無料 | 自家用車10台分: 無料

臨済宗天龍寺派の禅寺。

暦応4年(1341年)足利尊氏が「等持寺」の別院として夢窓国師を開山として創建。本寺となった等持寺とは、二条大路高倉の東南にあった尊氏の屋敷をいう。屋敷は二つの役割をもち、一つは室町幕府の政庁の役割、もう一つは禅宗寺院としての役割であった。その為、屋敷は尊氏の住居として「二条高倉邸」といわれ、禅宗寺院としては「等持寺」といわれた。

創建にあたり、尊氏は足利家の菩提寺を三ヶ寺建てようと決意し、「等持寺」の名には一字に一個ずつ、あわせて三個の「寺」の字が含まれる。それが尊氏の三ヶ寺建立の願いの表れだという。足利家の三菩提寺、その第一号が「等持寺」で続いて衣笠の地に「別院 等持院」と、隣あって真如寺が建てられた。

尊氏の死後、別院等持寺は尊氏の墓所となり、その名前を「等持院」と改称した。その後、応仁の乱で本寺「等持寺」が焼失したため、別院だった現在の等持院が本寺となった。

まず山門から庫裏に入ると、大きな達磨図の衝立が目に入る。これは天龍寺にもあるものと同じで、元天龍寺派管長であり等寺院の住職でもあった関牧翁が描いたものである。

そして、方丈と書院の前に広がる庭園は、夢窓国師の作庭と伝えられる。庭園は回遊式で、茶室「清漣亭(せいれんてい)」と芙蓉池(ふようち)を持つ西庭と、心字池(しんじち)中心の東庭とに分けられる。特に西庭は、衣笠山を借景につつじを始めとする四季の草花が芙蓉池の周りに彩を添え味わい深い。

また、足利家の菩提寺として霊光殿には足利家15代将軍の木像(5代、14代像を欠く)が並び、心字池の北には歴代の供養塔が建てられている。そして、方丈北庭園の中央には足利尊氏の墓と伝えられる塔がある

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